大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和50年(ネ)650号 判決

控訴人

山本一

右訴訟代理人

田中光士

控訴人

山本一也

右訴訟代理人

本田正敏

外一名

被控訴人

出村義弘

外二名

右被控訴人ら三名訴訟代理人

西辻孝吉

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  各控訴人は各被控訴人に対し、金二九七万七六四二円及びこれに対する昭和四六年四月二八日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  各被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は第一、二審を通じこれを二分し、その一を被控訴人らの負担とし、その余を控訴人らの負担とする。

三  この判決の一1項は仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一原判決添付物件目録(一)ないし(一四)記載の各不動産(以下本件(一)ないし(一四)の各不動産という。)が亡山本弘(以下亡弘という。)の所有であつたところ、同人が昭和四三年四月九日死亡したこと、控訴人ら両名及び山本裕澄(以下裕澄という。)が亡弘の嫡出の子であつたが、裕澄が熊本家庭裁判所玉名支部に亡弘の相続について相続放棄の申述をし、同年六月二九日右申述が受理されたこと、控訴人ら両名が本件(一)ないし(一四)の各不動産につき原判決添付目録記載のような遺産分割をし、これを原因とする熊本地方法務局荒尾出張所昭和四三年一〇月四日受付第四六八三号所有権移転登記を経由したこと、亡弘の死亡後である昭和四四年七月一一日被控訴人ら三名が亡弘の子であることを認知する旨の裁判が確定し、被控訴人らが同年八月一日熊本県荒尾市長に対し認知の届出をしたこと、以上の事実は、当事者間に争いがない。

二控訴人山本一也(以下控訴人一也という。)は、右のような場合においてはあらためて遺産分割をやり直すべきであつて遺産分割後の価額請求は許されない旨主張するので、この点につき判断する。

認知は出生の時にさかのぼつてその効力を生ずるのであるから(民法七八四条本文)、相続の開始後認知によつて相続人となつた者も、法律上、相続開始の時点においてすでに相続人であつたものとして取扱われ、相続財産につき分割の請求をなしうるのであるけれども、分割その他の処分によつて一旦新たな法律関係が形成された後に、その法律関係を全部覆滅してあらためて現物分割を行うことは実際上きわめて困難であるばかりでなく、関係人の法律関係を複雑にし、ひいては適法になされた処分の効力に影響を及ぼすことにもなる。そこで、他の共同相続人がすでに分割その他の処分をしてしまつていた場合には、認知によつて相続人となつた者は、価格賠償額による賠償支払いのみを請求することができるだけで、相続財産の現物分割を請求することはできないものとすることによつて、相続の開始後認知によつて相続人となつた者の相続権を実質的に保証するとともに、すでに相続財産の上に利害関係を生じた他の共同相続人等と右相続人との利害の調整をはかることとしたのが民法九一〇条の趣旨であると解するのが相当であるから、控訴人一也の前記主張は独自の見解であつて採用することができない。

三そこで、遺産分割後の価格賠償請求における遺産評価の基準時について考察する。

前叙二で説示した民法九一〇条の趣旨からすれば、同条の価格賠償額請求は、新たな現物分割に代わるものであるから、賠償額は現物と等価であることが当然に前提とされていると解されるので、その価額の支払請求における価格賠償算定の基準時は、現実に支払いがなされる時であり、被認知者において当該価格賠償を請求する訴訟にあつては現実に支払いがなされる時に最も近接した時点としての事実審判決に接着する口頭弁論終結の時であると解するのが相当である。さすれば、右価格賠償額の支払請求の訴訟における価額算定の基準時は請求がなされた時によるべきであるとする控訴人山本一(以下控訴人一という。)の主張は失当である。

四当審での口頭弁論終結当時における本件各不動産の価額について判断する。

〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

1  本件(四)の土地は、その正確な位置の確認は困難であるが、桜山団地入口の北方約八〇メートルあたりの山林傾斜地の一部と推認される。また、本件(五)ないし(七)の各土地もその正確な位置の確認は困難であるが、有明海堤防敷地の外にあつて満潮時には海面下に没する浸蝕地であり、通常の方法では土地として利用することが不可能である。

2  本件(一三)の建物は、昭和四六年一月一五日火災により滅失し、本件(一四)の建物は、昭和四五年八月台風のため全壊した。

3  本件各不動産の所在地である熊本県荒尾市は、昭和四八年一二月二七日都市計画区域を市街化区域と市街化調整区域とに区分したため、市街化調整区域内の土地の価格が低落したところ、本件(三)、(四)、(八)の各土地は右市街化調整区域内に存する。そして、国家の総需要抑制策や土地税制の新設等により、本件各不動産の価格は昭和四八年一二月以降ほぼ横ばいに推移してきている。

4  昭和五二年九月当時、これよりさき前叙3のように都市計画区域を市街化区域と市街化調整区域とに区分された後の本件各土地の利用状況、取引事例その他の諸事情によれば、本件(一)、(二)の各土地が計金一一〇万九〇〇〇円、本件(三)の土地が金四三万八〇〇〇円、本件(四)の土地が金三八万六〇〇〇円、本件(五)ないし(七)の各土地については、一平方メートルが六一〇円、本件(八)の土地が金八七二万七〇〇円、本件(九)ないし(一二)の各土地が計金三〇五九万九〇〇〇円である。

以上の事実を認めることができる。

そして、本件(五)の土地が八二平方メートル、本件(六)の土地が三三三平方メートル、本件(七)の土地が二八七平方メートルであることは前叙一のとおりであるから、本件(五)ないし(七)の各土地の地積が合計七〇二平方メートル、本件(五)ないし(七)の各土地価格が金四二万八〇〇〇円(610円×702=428220円、一〇〇〇円未満切捨て)となり、本件各土地の価格が別紙不動産価額計算表記載のとおりであり合計金四一六八万七〇〇〇円となることは計数上明らかである。当審鑑定人岡本新一の鑑定の結果中前認定に反する部分は採用しない。

ところで、原審鑑定人田中好人の鑑定の結果は、昭和四八年四月当時、本件(四)の土地の存在確認が不能であり、本件(五)ないし(七)の各土地が堤外地であつて利用不能であり、本件(一三)、(一四)の各建物は滅失しているとして、本件(一)、(二)の各土地が計金一〇九万四〇〇〇円、本件(三)の土地が金四九万円、本件(八)ないし(一二)の各土地が計八九二二万円であり、その合計が金九〇八〇万四〇〇〇円であるとするが、当審証人八木工、同田中好人の各供述によれば、同鑑定の基礎とされた取引事例は荒尾市が都市計画区域を前叙のように区分した昭和四八年一二月二七日以前のものであり、右鑑定の結果は右区分後の土地の価格を反映しているとはいえないので、これを採用しない。

他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

五控訴人一は、亡弘につき金四二三万九三二五円の相続債務が存したところ、同控訴人において全額弁済したから右金額を相続財産の価格から控除すべきであると主張するので、この点につき判断する。

亡弘につき右金額の相続債務が存したところ、控訴人一がこれを全額弁済したことは、当事者間に争いがない。しかし、遺産分割の対象となるものは被相続人の有していた積極財産だけであり、被相続人の負担していた消極財産である金銭債務は、相続開始と同時に共同相続人にその相続分に応じて当然分割承継されるので、遺産分割後の価額請求においては、被相続人の有していた積極財産だけを算定の基礎とすべきであつて、被相続人の負担していた金銭債務を右積極財産の算定額から控除すべきではないと解するのが相当であるから、控訴人一の右主張は採用することができない。

六前叙一のとおり裕澄が相続放棄の申述をして受理されたので、亡弘の相続人は控訴人ら両名(嫡出)と被控訴人ら三名(非嫡出)との合計五名であつて、被控訴人ら三名の相続分がそれぞれ七分の一であるから、その相続分に相当する価額は金五九五万五二八五円(41.687.000円×1/7で円未満切捨て)である。したがつて、各被控訴人は、民法九一〇条により各控訴人に対し、その二分の一である金二九七万七六四二円(但し、円未満切捨て)ずつの支払いを求める請求権を有する。

七してみると、各控訴人は各被控訴人に対し、本件遺産分割後の価格賠償金二九七万七六四二円及びこれに対する昭和四六年四月一七日付請求の趣旨・原因拡張申立書送達の日の翌日であることが記録上明白な同年四月二八日から支払いずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務があり、各被控訴人の本件請求は、各控訴人に対し前記各金員の支払いを求める限度で正当として認容し、その余は失当として棄却すべきである。〈以下、省略〉

(園部秀信 森永龍彦 辻忠雄)

〈別紙省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例